画集へ寄せた言葉

父の画集に寄せた言葉を英訳していただいたものが配信されています。

Thoughts about my father’s paintings

チェックしてみてくださいね。
以下、私の書いた原文を。

何かを美しいと感じるとき、私はきっと彼の作品たちを基準にものを見て いるのだと思う。どんなに彼の絵が好きだろうと、どんなに多く彼の作品を 持っていようと、こんな風に影響を受けてしまったのはきっと、世界に私一 人だけだろう。

では、彼の作品が好きですかと聞かれると、それはよく分からない。そう いう対象ではないし何と比べて好きと言ったらいいのかも分からない。言葉 を覚えるよりもずっとずっと昔に、私の中に浸透していた色、かたち、にじ み、陰影、蓄積された文化の断片。共に育ってきたと言う感覚が近いかもし れない。私自身がそれらのモノでできているわけでは決してない。けれどきっと、世 界の美しさと私のあいだに一枚フィルターがあるとするなら、それはやはり、 父の筆使いなのだと思う。

彼の作品を少し分析してみると、油彩と水彩でだいぶ印象が違う。使って いるマテリアルや工程が異なることによって作品から受ける重みや温度の印象 が違ってくるのだろう。どちらもカジギャスディンが描いたもの だということは明白なのに、水彩であるか油彩であるかによって、まるで夏 と冬かのような、そんな違いがある。

父曰く。彼の作品は、バングラデシュに行けば日本的だと評され、日本で はもちろん異国風の絵だと言われるらしい。両国を知る(と言っても生まれ も育ちも日本でバングラデシュについては旅行+α程度の知識しかないけれ ど)私からすると断然後者で、彼の水彩のにじみや油彩の霞みは幼い頃に目 にしたバングラデシュの風景を、まるで昨日見てきたみたいに思い出させる。

油彩画。彼の油彩には必ずと言っていいほど、白が使われている。どんなに赤く見 える絵でも青く見える絵でも、目を凝らしてみればそこには確かに白が存在している。それは、点であったり線であったり、はたまた文字だったりもす る。

私は小さい頃、画面に散らばるこれらの白を全て雪だと思っていた。父親の油絵にはいつも雪が降っているのだと。少し考えれば分かりそうなもの だが、熱帯性気候であるバングラデシュには雪が降ることはない。雪だと信じ続けていた私は後年、冬にバングラデシュを訪れた際に自分の勘違いに気づく。あれは、雪ではなく霧だったのだ、と。

バングラデシュの気候は熱帯性といっても大まかに雨季と乾季そして夏季 に分けられる。そして乾季の中の12月~2月にかけての朝、熱帯という言葉には全くそぐわない寒さに見舞われることがある。10度を下回ることもザ ラで、寒さに慣れていないバングラデシュの人々は各々カラフルな耳あてを はめて寒さを凌いでいた。夏にしかバングラデシュに行ったことがなかっ た小学生の私は、そんな光景など想像すらしなかった。この国は”暑い”と思い込んでいた。(にもかかわらずなぜ、雪だと思っていたのだろう?)

そんな私がある時、年越しをバングラデシュですることになる。バングラに 到着して最初の朝、玄関を開けると目の前が真っ白になった。それは、霧 だった。東京育ちの私は霧というものに包まれたのは生まれて初めてで、1メートル先もはっ きり見えない深い霧はとても幻想的だった。見えない、といことは想像力を掻き立 てる。白の向こうに何があるのか、と物語を想像させる。 油彩の白さはいつだってあの時の霧を思い出させ、それはそのまま、イメー ジに繋がる。彼の油絵に乗っている白い霞は、いつだって物語的である。

そして水彩のにじみ。たくさんの色が混じり合った彼の水彩のにじみはバ ングラデシュの水を思い出させる。水彩とは、その名の通り水で絵具を溶か して絵を描いているのだから、水を感じるのは自然なことだろう。しかし、 彼の“にじみ”はそのイメージの奥にある水の記憶を呼び起こす。

私の脳 裏に浮かぶのはいつも、雨季のある日の、田んぼ。

バングラデシュの雨季には尋常じゃないくらい雨が降る。いまで言うゲリ ラ豪雨のような雨が主で、一日中降っていることは希だけれど、その記憶は、 だいぶ長く雨が降り続いた、そのすぐ後のものなのだろう。もしかしたら洪水が起こっ たあとだったのかもしれない。

長い長い雨がやっと上がって私が外に出たときには庭も門の外も水浸しだっ た。室内に長い時間閉じ込められ鬱屈していた幼い私はそれでも外に出たがっ た。父の手を取りながら、コンクリート舗装のされていない道を泥濘みに足 を取られないようにちょんちょん、と歩く。歩き慣れた散歩道。にもかかわ らず、眼の前に広がる風景はいつもと様子が違う。埃っぽい道は水を含んで 泥濘み赤茶の土の色がより一層濃くレンガ色になっている。陽に照らされた 木の葉は水滴をまといながら数日前とは違う輝きを放ち青々と茂っている。 雨が止んでいるはずなのに湿度は軽く80パーセントを超えて肌に纏わりつ き、雨でまぜこぜになった土と草と動物の匂いが鼻につくが、なぜか不快ではない。その全ての感覚が、コンクリートシティ東京で生まれ育った私にはとても新鮮に感じられる。そんな非日常を楽しみながら歩いていた私だが、百メートルほど進んだある場所で驚きのあまり動けなくなる。なぜなら、いつもは 稲が広がっている青々とした田んぼのくぼみ一面に雨水が貯まって、まるで湖のようになっていたからだ。土と混じり合い決して綺麗だとは言えない濁っ た水が途方もなく(と、当時は感じた)広がっている光景は衝撃的だった。自然と自然のぶつかり合った結果を初めて目にした。

そしてもう一つの衝撃は、さも日常の続きであるかのように、その水の上 を小舟に乗った男性が横切っていったことだ。立ったまま飄々と舟を漕ぐ彼の 姿は妙に様になっていて、私は目が離せなくなった。こんな風に舟を漕ぐ人 日本では見たことない!!!ただそこに在るものを見て興奮したのは初めて の経験だった。興奮しているのにどこか物悲しい。一体何のため舟を出して いたのだろう?まさか魚を獲るわけではなかったろう。今となっては知る由もないが水とともに生活を営んでいる彼の姿とその時感じた感情は強く私の 中に残った。いまも、残っている原風景。父の水彩画を見ていると、この時の光景がいつも思い出される。色と色が混じり合ったにじみはきっと、あの時日の空と水と木々の境目だ。

こうして改めて考えてみると、彼の描く抽象画はきっと、それを鑑賞する 人間の各々の記憶の中でしかその真の姿を見出せないものかもしれない、と感じる。そういった種類の絵画だ。私はたまたま、描き主と経験を共にした場所と時間が多かっただけ。 彼のにじみと霞に、私以外の人はいったい何を見出しているのだろう?想像もできない。機会があったらぜひ聞いてみたいな、と思う。

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